Dr.GDr.G

アルコール依存症の入院治療といったら、どんなことを思い浮かべますか?

pt♂

牢屋みたいな隔離室に入れられて一日中体を縛られながら点滴され、「酒をやめる」ための矯正教育をされる・・・・

Dr.GDr.G

やっぱり。そんなイメージを持っているんじゃないかと思いました。
実際には、離脱せん妄と呼ばれる激しい精神症状を伴っていてやむを得ない場合は、そうせざるを得ないことはあるのですが、前の病院ではほとんどの場合それは当てはまりませんでした。
基本的には3ヶ月の入院プログラムに則った、ご本人の同意に基づいた入院がほとんどだったのです。

今回は、前の病院で3ヶ月間患者さんがどんな入院治療プログラムを行っていたか、そしてそのプログラムが形作られる経緯をご紹介して行きたいと思います。


スポンサーリンク

アルコール依存症入院治療の例(1週間のスケジュール)

ドクターカンファレンス

月曜日
火曜日
水曜日
木曜日
金曜日
土曜日
  • 午前中:SST
  • 午後:1ヶ月目以降の方は外泊
日曜日
  • 午前中:自助グループの院内例会
  • 午後:自主学習

こんな感じでスケジュールが進んで行きます。

ちなみに、火曜日は僕のアルコール初診外来が午後に入り、水曜日は午前中一般精神科外来、午後はアルコール初診外来、金曜日は一日中アルコール再診外来+初診外来というような状況になっていました。

金曜日の午前中のプログラムについては外来の方々と共通の形になっています。

それでは、個々のプログラムについて説明して行きます。

1.グループミーティング

病棟看護師が司会として担当します。

入院患者さんは二つのグループに分かれ(少ないときは1グループになることもあります)、「言いっぱなし、聞きっぱなし」の原則のもと、互いの体験談を話すことになります。

この辺りは断酒会やAAなどで行われる例会と同じルールですが、話しやすくするために、週ごとに一応話すテーマというのが設けられています。

例えば「入院して変わったこと」とか、「自分の中の否認」とか・・・。

2.三者面談

入院して1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月(つまり退院時)というそれぞれの節目でご家族を交えた面談を行います。
ここで、入院してのご本人の変化や現在の病状をご家族にお話ししたり、退院後どのように断酒を続けていけるかの話し合いをしたりします(環境調整等も含めて)。

1ヶ月の時はこれから外泊訓練が始まるので(最初は1泊2日、2ヶ月目からは2泊3日以上)、万が一飲んでしまったときにどうするか、等、外泊に当たっての注意事項などをお話ししたりします。

3.散歩

病院の周りをみんなで散歩します。
ちょうど山の中で自然いっぱいの病院だったので、散歩するにはすごくいい場所でした。

入院プログラムとして行われる散歩と、患者さん同士で自主的に行く自主散歩があり、自主散歩は大体入院1週間後くらいに許可されるような形でした。
プログラムとして行われる散歩では、看護師などのスタッフが付き、自主散歩よりも長いコースを一緒に歩く形になります。

4.奉仕活動

病院の周りのごみ拾いなどを行いつつの散歩です。
看護師などスタッフが付いて行っていましたが、後にスタッフの数が間に合わなくなって廃止になってしまいました。

5、ピクニック

散歩よりもずっと長い距離をみんなで歩きます。
相当の体力を必要とされるので、身体的にある程度回復した方のみが参加できます。

長い距離をみんなで歩いて景色の良い場所にたどり着いたという充実感・達成感は、他のプログラムでは得られない貴重なものになっていましたが、これも後にスタッフの数が間に合わなくなって廃止になってしまいました。

6、クローズドミーティング

誰もスタッフが付かず、患者さん主体で行われるミーティングです。主に病棟環境に対しての患者さんの意見が出し合われる場になっています。

7、SST(社会技能訓練)

建設的な自己主張など、コミュニケーションスキルを学ぶセッションで、看護師が主体となって行います。

「建設的な自己主張」「お酒の断り方」など全8回のセッションがあり、主にご家族との人間関係の修復に役立てるような内容になっています。

それぞれのセッションの後には宿題が出され、それをその週の外泊訓練の際に実践してきてもらうことで学習したことを自分のものと出来るようにしています。

大体入院後1ヶ月を過ぎた方からどんどんこのセッションに参加していくことになります。基本的には僕が担当する前からあり、このプログラム自体はそのまま踏襲する形でやっていました。
 

8、グループワーク

 
アルコールに対しての認知行動療法のセッションを集団で行うプログラムで、僕が司会として担当していました。
僕がアルコール病棟を担当する前からあったのですが、それぞれの患者さんに対応できるように少しずつセッションの方法は変えて行きました。

内容としては、「断酒する上で危険なとき」「見かけ上、無関係な決断」などのテーマに基づいて、1週目は課題を出して患者さん達がグループで考える、次の週に出た解答を元に解説、という流れでそれぞれのテーマ毎に2回のセッションを行う形でした。
依存症のワークブックとして広く用いられているSMARPPも参考に元々あったプログラムを少しずつアップデートして行った感じでしたね。

9、リラクゼーション

飲酒欲求が出現したときに、一呼吸置くときにも使える自律訓練法のセッションです。

看護師が主体となって行われていましたが、これもスタッフ不足などの影響で廃止となってしまいました。

今流行のマインドフルネスと合わせて出来たら、更に発展性があったかもしれませんね。
 

10、外来ミーティング

外来に通院している方々と入院している方々が一同に会してのミーティングです。

看護師が司会となってやっていましたが、毎週県内の断酒会の会長さんご夫婦も来て下さっていました。

他のミーティングと同様、「言いっぱなし、聞きっぱなし」のルールの下で行われます。
外来の方たちにとっては、入院している方々の壮絶な体験談を聞くことで、「これ以上飲んだら危ない」という歯止めになったり、入院している方たちにとっては、外来通院で頑張って断酒している方々の体験談を聞くことで、自分自身の回復のモチベーションにつながったりと、非常に意義のある会です。

ついでに言うと、外来再診の待ち時間が非常に多いので、時間を潰してもらう目的としても・・・・。

11、アルコール学習会

世間でも誤解や偏見の多いアルコール依存症という病気をしっかり理解し、回復に向けてステップを踏み出すためのとても重要なプログラムです。

アルコール依存症についての知識を「アルコール性身体疾患」「アルコール依存症とは」「アルコール依存症と家族」など13のテーマに分け、週替わりで行っています。

ご家族の方にもご本人の病気を理解して頂くために参加して頂くようにしていました。

学習会そのものは、僕がアルコール病棟を担当する前からあって、当初は精神科のDrが持ち回りで担当していたのですが、医師の人数が足りなくなり、担当できるDrが誰もいなくなってしまったため(僕自身は外来患者さんが50人以上コンスタントでいる状態だったので、とてもじゃないけど時間が取れませんでした)、ここでもアルコールのソーシャルワーカーの人達の申し出により、ソーシャルワーカーが担当してくれることになりました。

更に、テーマ毎に作業療法士や栄養士に至るまで様々な職種が関わるようになり、内容的にも発展し、外来での参加者も一気に増えて行ったため、当初行っていた外来奥の狭いミーティングルームだけでは足りなくなり、院内のコンサートなどイベント事で使われるホールが使われるようになって来ました。

外来の方々には、通院するモチベーションを保ってもらうために達成度カードをお渡しし、学習会に出席するたびにハンコを押してあげていました。
そして、最終的にハンコが13個(つまり全ての学習会のテーマを受講し終わった場合)たまった場合には表彰状を贈呈するという制度を作って行ったこともあり、外来での参加者が爆発的に増えて行ったものと思われます。

最初、Drの協力が得られなくなってどうしよう・・・というところからのスタートだったのですが、ピンチの時にはチャンスあり、というのがまさにこのアルコール学習会の発展だったと思います。そしてこの学習会の内容はソーシャルワーカーの予診の時の疾患教育にも応用されました。

ちょうど、学習会のテーマの中の「アルコール依存症とは(総論)」と「アルコール依存症と家族」というテーマをざっとまとめたものを病歴聴取と共に教育していく方式が取られ、初診のときにいろいろなことが出来る状況になっていったのです。
 

12、アルコール家族会

アルコール依存症のご家族のためのミーティングです。
ここでは心理士が司会となり、看護師がサブで付いて行われていました。
そして、外来ミーティングに来てくださっていた断酒会会長の奥様も家族の立場からのお話を毎週して下さっていました。

主に入院患者さんのご家族が多かったですが、外来通院で悩んでいるご家族もたくさん来られていました。
ここでお互い愚痴を言い合い、時に励まし合うことで、ご本人に対してもうまく向き合える方向に行っていたと思います。
 

13、院内例会

日曜日には、県内の自助グループの方々が病院に来て、「自助グループというのはこんなところです」という紹介を色々して下さいました。

実際、この院内例会をきっかけに外泊訓練の時に自助グループに見学に行くようになり、退院後に入会して頑張っているという人も数多くいます。

いかがだったでしょうか?

ちなみにこれらのプログラム以外の時間は基本的に自由に過ごしておりますし、病棟そのものも開放病棟なので、自由度は高かったと思います。

患者さん一人ひとりに担当看護師が必ず一人付き、プログラム以外の時間に、その患者さんの合併疾患や退院後の状況などに合わせて個別課題をやってもらうことなども結構ありました。

段々と看護師やスタッフが減って行ったこともあり、廃止されていったプログラムもありましたが、それでも入院していた方々の55%が完全断酒に至っているというところまでこぎ着けることが出来ました(外来通院だけだと45%)。それまでのデータだと大体30%弱位でしたので、これはかなりの向上率でした。

もちろん、プログラムを発展させたことだけでなく、アカンプロセートという、飲酒欲求を抑制する新薬が発売されたことも大きな要因としてある訳ですが、それでもここまでの数字を出せたのは多くのスタッフや自助グループの方々との連携の賜物だったのではないかなと思っています。

病棟の看護師制度は担当制

アルコール依存症病棟看護師

アルコール依存症治療病棟の中では、一人の入院患者さんにつき一人の担当看護師が付くという制度を採っていました。
大体その週の入院予定の患者さんは月曜日の午前中にまとめて病棟でカンファレンス、そして、その話し合いの場で担当看護師を決めていました。

最初は、ある程度機械的に決めていたのですが、看護スタッフにも当然個性があり、相性の良い患者さんのパターンというのがあることに気付き、その特性を見抜いてなるべく相性が合いそうな患者さんを割り当てていました。
これが、中途での退院が多いアルコール病棟で、中途退院を減らすことが出来た大きな要因となったのではないかと思います。

そして、ちょうど色々な患者さんの個性に対応できる看護スタッフがいたことも幸いでした。

  • 「ケアマネの経験があって認知症の看護やケースワークが得意である一方、自身も20代の子供がいて、若い男性の母親役になれるタイプのナース」
  • 「誰よりもアルコール依存症への知識が豊富で、お坊さんみたいな感じで貫禄もあって、でもその分たくさんの課題を課してくるため、色々と絡まれると面倒なタイプだけど、患者さんからはとても信頼されるタイプのナース」
  • 「すごく勤務態度は真面目で患者さんのお話も誠意を持って一生懸命聞くタイプだけど、不器用な面もあって、患者さんの不器用な面に寄り添えるタイプのナース」
  • 「強面のチンピラタイプの患者さんに接するのが得意で、怖いタイプの患者さんに対して「〇〇っち」みたいなニックネームをつけて、それでも患者さんからはお母さんみたいに好かれる、いつも病棟を明るくしてくれるタイプのナース」
  • 「精神遅滞(知的障害)の人や認知症の高齢者の方に好かれて、そうした方々を可愛がる、対応もうまいタイプのナース」
  • 「パーソナリティ障害を抱えた女性に対して「分からないなあ」と言いながらも飄々ひょうひょうとして、かつ温かい雰囲気も持っていて接し方がうまいタイプのナース」
  • 「モノマネが上手で、その時に患者さんがどんな口調で話していたかもちゃんと再現することが得意で、更に勉強熱心ではっきりと意見を言う、誰よりも熱い情熱を持って接するタイプのナース」
  • 「いつも笑顔で優しく見守るお母さん的存在で、どんなタイプの患者さんにも対応できるナース」

患者さんも個性が強い方の多いアルコール依存症治療病棟でしたが、ナースも同じくらい個性が強い集団でした。
だからこそ、色々な患者さんに対応できたし、カンファレンスなどでも互いに色々な視点からの意見を出し合えた、とても良いチームでやれたのではないかなと思います。

担当看護師が付くとは言っても、当然その担当看護師だけが患者さんの看護に当たるわけではなく、それぞれの看護師の立場で患者さんから聞けた話をまたカンファレンスの場で共有することが出来るわけです。
医療者にありがちな、アルコール依存症の方への偏見や拒否反応がなかったこともかなり幸いでした。

最初は配属されて嫌だと言っていたスタッフも病棟の中で色々な患者さんを見たり、アルコールの研修などにも参加したり、自助グループにも足を運んで患者さんの回復する姿を見ていく中で段々やりがいを感じているようでした。逆に自分自身にあまり臨床能力がない分、そういう雰囲気作りをすることに対して努力したことも良かったのかもしれません。

一人の患者さんに対して治療方針・ビジョンをみんなで共有し、同じ共通認識の下でケアに当たり、その時の患者さんの状況に応じて適宜修正していくことの出来る良いチームだったなあと今でも思います。

アルコール依存症治療はまず家族の相談から

家族相談
ソーシャルワーカーは病院外にもしっかり目を向けてくれており、県内の保健所や精神保健福祉センターで行われている酒害教室や家族相談の事業にも携わっていました。    
そのつながりで僕自身が出向いて講演をしたり、家族相談に乗ったりすることもありましたが、基本的にはほとんどそのソーシャルワーカーの方が動いてくれていました。

当事者の言葉の力が強い、ということは我々も分かっていたので、地域の自助グループの方の協力を得て、酒害教室や家族相談には常に当事者の方に来て頂いていました。
    
その甲斐あって、日頃の臨床の経験の中でアップデートした内容を酒害教室や家族相談でまだ治療につながれていないご家族の方々にフィードバックしていくという流れの中、県内でまず家族だけが家族相談につながった方の実に46%が最終的にアルコール依存症本人の受診につながるという実績を上げることが出来ました。
    
前任の病院での最終的な断酒率が45%だったことを重ね合わせると、単純計算で0.46 × 0.45= 0.207。

つまり、家族相談につながったうちの20.7%が断酒に至っているということになる訳ですので、「アルコール問題で困っているご家族の皆さん、ご本人が受診を拒否していてお困りかもしれませんが、まずはご本人が受診につながらなくても保健所などの家族相談につながってみましょう。

ご家族が相談につながるだけでその内の5分の1(2割)は断酒につながりますよ。」と言える体制が作れた訳です。    
これは、誰の功績という訳でもなく、アルコール依存症臨床に関わるスタッフ、そしてアルコール依存症当事者の方々のチームの連携の力が大きかったのではないかと思われます。
    

アルコール依存症治療の難しさを医療者側からも実感するとき

しかし、こうして作り上げてきた体制も長くは続きませんでした。

病院自体の経営悪化により、患者さんの身の回りの雑用を手伝ってくれていたヘルパーさんが全員解雇、今までヘルパーさんがやってきたことも看護師の仕事になり、更に病院全体での看護師不足により、アルコール病棟の看護師がどんどん他の病棟へ流出していく事態となり、ますます入院プログラムが回らなくなって行くという事態になっていきました。(入院プログラムの紹介の中で廃止されていったプログラムがあったのもそのためです。)
    
「アルコールだけでなく、認知症や統合失調症など様々な精神疾患に対応できる、そして内科疾患にも対応できる病院に。」というのが病院の経営方針だったようで、一治療病棟でしかない、しかも一度に入院している患者数が少ない(3ヶ月以内で退院するのでどんどん入れ替わりますからね)アルコール病棟にそんなに看護師の数は割けない、今いる人数でどうにかして欲しい、ということを言われました。

その「今いる人数」では専門治療プログラムが成り立たない状況(プログラムに看護師が付くと、そもそもナースステーションから人がいなくなってしまうほどの状況)まで来ていたのですが、残念でした。
    
更に元々、

  • 「アルコールの患者さんは色々と警察沙汰など問題を起こす。」
  • 「アルコールの患者さん達は病棟でも問題を起こす。」
  • 「どうせ、アルコールをやめられないのに治療する意味がない。」
  • 「アルコールは難しいからやりたくない。」

こういった考え方が昔から病院には根強く残っていたようで、結局アルコール病棟からはどんどんスタッフが辞めて(定年になったり、人の手が足りない他の病棟へ移ったり)行くばかりで、新しく入ってきてくれることはありませんでした。

院内勉強会などで作り上げてきたアルコール治療体制については院内全体に発信してきたのですが、こうした内部の偏見を変えられなかったことも残念でした。(残念ですが、病院内でさえアルコールに対する偏見は存在していると思います。僕の勝手なイメージもあるかもしれませんが、特に依存症をやっていない病院ではその傾向は強そうです。)
    

Dr.GDr.G

結局僕も病院を去ることになりましたが、スタッフとああでもない、こうでもない言いながら手探りで進んできた経験は多分今後の自分の新しい人生でも生きることだろうと思います。

だからこそこの場で情報を発信していきたいという気持ちが強く残っています。

考えてみたらほぼ新人同然の僕に、いくら他に経験している人がいないとはいえ、県内唯一のアルコール専門治療病棟という大事な仕事をポーンと任せてもらうというのは多分なかなかないことでしょうからね、改めてとてもいい思い出だったなあと今では思います。

以上、アルコール病棟奮闘記でした。

スポンサーリンク

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします