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医者が教えてくれない精神科のことを医師がわかりやすく解説

【アルコール依存症】アルコール依存の前で人は無力になる、治療者さえも・・・

このコンテンツは医学論文データベース「PubMedパブメド」とわたくし医師個人の経験をもとに、正しい情報をわかりやすく解説することをモットーにしています。
【アルコール依存症】アルコール依存の前で人は無力になる、治療者さえも・・・

さかのぼって学生時代のお話をしますと、僕は臓器や血を見るのが苦手で最初から精神科の志望でした。
実は高校時代から物理や化学も元々苦手、得意教科は古文と日本史だったので、何で医学部来たんだって感じですけどね(苦笑)
今でも自分はあんまり医者に向いてないんじゃないかって思ったりします。

衝撃的なダルクの体験

学生時代から精神科の研究室にもたまに出入りしていたのですが、まだ医学の専門の勉強を始めてあまり間もない時期にその研究室の勧めでDARC(ダルク・薬物依存症の民間リハビリ施設)に見学に行くことになりました。

まだ依存症のことはおろか精神医学自体勉強していない時期だったので、色々とカルチャーショック満載でした。

DARCに着いて建物に入ると刺青があるような怖そうな人達が輪になって集まってひとりずつ、怪談話を話すかのように話して行く光景がいきなり目の中に入ってきました。

何だ、これは?・・・・学生時代の僕にとって衝撃的な光景でした。

しかも、一人が話している内容がどんな衝撃的な内容であっても誰も間に入ろうとしない。

そして誰かが話し始める時には、

「ヤク中の〇〇です。」

「はい、○○!!」ってみんなが復唱している!

一見本当に異様でした。恐る恐るその輪の中に入り、まずは一生懸命にその怖い人達の話に耳を傾けていました。

耳を傾けているうちに、何か不思議な感覚が自分を包むのを感じました。

温かさというのか、何というのか、包み込むような空気というのか、ちょっと言葉では表現しがたいスピリチュアルな感覚でしたが、あれほど怖かった光景が段々と心地よいものに変わって行ったのです。

今になって専門用語を勉強してから考えてみると、あれが一つのグループダイナミクスとでも呼ぶものだったのかもしれませんが、この感覚を学生のうちに経験できたことは本当に貴重だったと思いますし、実際にアルコール依存症の臨床に入る上でもすんなり入れるきっかけになったかもしれません。

強面のダルクの施設長登場

ダルク施設長
入所者ミーティングが終わり、お昼ご飯の時間、入所者の方々が作ったご飯を一緒に頂くことになったのですが、その時にすごく威厳のある、怖い顔をした男性が向かいに座りました。

DARCの施設長でした。

施設長自身も薬物依存症の当事者だったという話をしながら、色々なお話をされたのですが、残念なことに覚えているのはあの時の施設長の怖い顔と、

「俺だって今目の前にクスリがあったらやりてぇよ?でも仕方ねえじゃん。できないんだから。」
「医者がヤク中治せるとか思うんじゃねえぞ?医者なんてヤク中の前では何もできねえんだからな?」

という、依存症の本質を表したような言葉だけでした。

本当は多分もっと、ユーモアのあるお話も聞いていたはずなんですけどね・・・。

ただ、この言葉を聞いていた事で、依存症は「治療」はできないということが何となく自分の中に染み付いており、実際にアルコール依存症の臨床に入り、一生懸命に断酒させようと頑張った患者さんが結局再飲酒してそのまま自殺してしまうなど、幾度となく無力感を感じる経験の中でも折れずに済んだ部分も多いのかもしれません。

依存物質の前に人はすべて無力なのかもしれない

アルコール依存症
AA(アルコホーリクス・アノニマス)の中でハンドブックにも書かれている回復のための12ステップというのがあるのですが、その1番目に「私は、アルコールに対して無力であることを認めた。」という文があります。

アルコール依存症(アルコホーリク)にとって、アルコールはもはや自分の力でコントロールできるものではない、というのがこの文の大意ではありますが、僕は依存症者だけではなく、その治療に当たる治療者、援助者もまたアルコール依存症という病気に対して無力であるのではないか?と、アルコール依存症臨床に携わる中で感じていました。

アルコールの魔力に取り憑かれてしまった患者さん達は、例えば我々専門の医師がいくら「あなたはこれ以上飲んだら肝臓がボロボロになって肝硬変になってしまいますよ。」と強く言ったところで、「いいんだよ、死ぬまで飲み続けるから。」と言って意固地になってしまい、いくらご家族が困っていても、そしていくら我々が「あなたはアルコール依存症だ」という診断を下したとしても、その言葉は届かないということが往々にしてあります。

でも、そんな人が、同じアルコール依存症で元々全くその人と同じ状況を経験してきた人の「俺は飲み続けて肝硬変になっちゃったけど、本当血吐いて何度も救急車で運ばれるし、そこの医者からは『あなたはもう今後はうちの病院では受け入れません』とか言われるし散々だったぞ?もう死んでもいいやって思ったけど、肝硬変って意外となかなか死ねないんだよな・・。

毎日水は溜まったりするし、本当苦しいんだよ。

体も動かねえし、トイレにも自分で歩いて行けないからほんとひどい生活だった。

そんな生活から脱して1年だけど、酒やめて本当に良かったよ。」という体験談を聞いたことがきっかけで、やめる決心がついたりなんていうことは、本当に良くありました。

当事者の言葉って本当に響くみたいですね。

先ほど、「治療者も無力である」ということを書きましたが、無力だから病気に対しては何も出来ない、諦めて本人に任せる、ということではありません。

治療者は、アルコールをこのままその人が飲み続けたらどんな害が出るのか、ということを知識として知っています。

そして、同じような患者さんをたくさん診ているため、その方たちがどのようにして回復に至ったのかということを見ています。

更にそうした当事者の方々につなげるサポートをすることも出来ます。

そして、こうしたことは、その患者さんが「俺、酒をやめなきゃいけないかもしれない。」という動機を作る一つのきっかけになります。

「自分の無力さを知りつつ、患者さんの回復を支える、回復の手伝いをする」これがアルコール依存症臨床に携わる中で確立していった自分の治療者としてのスタンスでした。

アルコールに限らず、依存症当事者の言葉の力、これが依存症からの回復に一番大事なものなのかもしれません。

 

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