
うつ病・うつ状態に最初に処方される抗うつ剤は基本的に「SSRI」「SNRI」「NaSSA」の3種類の中から選ばれます。
サインバルタ(デュロキセチン)はこの中で「SNRI」に分類されるお薬です。
サインバルタにはうつに対する効果以外に、痛みに対する効果もあるのが特徴です。
ここではサインバルタの特徴や効果についてわかりやすく解説していきます。
なお、サインバルタについてとても簡単に解説した記事もありますので参考にしてください。
目次
1.サインバルタ(デュロキセチン)はどんな薬?
サインバルタ®は商品名、一般名はデュロキセチンで、2010年4月に塩野義イーライリリーから販売開始されたカプセルのお薬です。
現在はまだジェネリック薬品(後発医薬品)は出ていませんが、この成分の名前であるデュロキセチンが将来的にジェネリック医薬品名になるでしょう。
サインバルタの位置づけ
SNRI(選択的セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬)に分類されます。
抗うつ剤として分類されますが、単なる抗うつ剤にはとどまらない作用を持っているのがサインバルタ(デュロキセチン)の特徴です。
なお日本では新しいSNRIとして他に「イフェクサーSR」があります。
サインバルタは2010年に発売、イフェクサーは2015年に販売されたので新しいイメージが強いですが、国際的にはイフェクサーの登場は1993年、サインバルタの登場は2004年なのです。
なんと新しいSNRIはサインバルタの方なのです。
サインバルタはこんな病気に処方されます
<効果のある病気>
- 大うつ病
- 糖尿病性抹消神経障害性疼痛(diabetic peripheral neuropathic pain; DPNP)
- 線維筋痛症
- 全般性不安障害
- 慢性の筋肉・骨格痛
- 緊張性尿失禁
- 神経障害性疼痛・慢性疼痛
- その他の不安障害
サインバルタ(デュロキセチン)はうつ病に伴う痛みの症状に対して有効である報告がされています。
米国食品医薬品局(FDA)が糖尿病性神経障害性疼痛や線維筋痛症、慢性の筋肉・骨格痛にも承認していることからも疼痛に対する有効性が伺えます。
その他の効果として、成人のADHD(注意欠陥多動性障害)に有効である可能性があることと、失禁(緊張性尿失禁)に対しては有効性が確認されています。
参考文献
- Bilodeau M, et al. Duloxetine in adults with ADHD: a randomized, placebo-controlled pilot study. J Atten Disord. 2014 Feb;18(2):169-75.
- Zinner NR. Duloxetine: a serotonin-noradrenaline re-uptake inhibitor for the treatment of stress urinary incontinence. Expert Opin Investig Drugs. 2003 Sep;12(9):1559-66.
- うつ病・うつ状態
- 糖尿病性神経障害に伴う疼痛
- 線維筋痛症に伴う疼痛
- 慢性腰痛に伴う疼痛
- 変形性関節症に伴う疼痛
2.サインバルタの作用の仕方
神経は次の神経と連絡をとってやりとりしています。
その連絡に関連する物質に神経伝達物質が関与しています。
この神経伝達物質でとくにうつ病に関連のあるとされているものに「セロトン」「ノルアドレナリン」「ドーパミン」があります。
なんとなく聞いたことはあるかと思いますが、これらがどのような役割をもつ神経伝達物質なのかみてみましょう!
サインバルタはこの中で「セロトニン」と「ノルアドレナリン」に作用し、これらの神経の働きを増強します。
緊張や不安の緩和、意欲がでる、気分や感情、ネガティブな認知が改善してくるように作用させることができるイメージです。
難しい内容ここからやや専門的な内容です
ここをクリックして次の章「効果が出るまでどれくらい?」に飛ぶことができます。
どのような作用機序ですか?
神経の連絡活動は主に電気信号ですが、「前の神経」と「次の神経」の連絡通路は物質を介します。
これが神経伝達物質です。
神経の伝達物質として、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンは有名であると同時に、うつの原因としての神経伝達物質にセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンが挙げられます。
これらは、単独でも機能を持ちますし、複数での機能も持ち合わせます。
神経伝達物質の関連図を再度載せます。
これらの神経伝達物質の異常がうつ病と関連しているという考えのもと、現在の抗うつ剤は開発されています。
この中で、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)はセロトニンとノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の作用を増強することで、うつ症状を緩和させます。
セロトニンを例にとってイメージしてみましょう。
前の神経から次の神経のポストにセロトニンという荷物を届けてくるイメージです。
ただ一部のセロトニンは回収業者に回収されて戻っていきます。
このようにして大量にポストに届けられて迷惑メール化するのを防いでいます。
抗うつ薬はこの回収業者を邪魔するお薬なのです。
これによって大量にセロトニンを届けることができるのです。
これはセロトニンのイメージ図でしたが、お届けものをノルアドレナリンに変えてもらえばこれもイメージしやすいと思います。
少し難しいですが具体的にみてみましょう。
セロトニン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質は通常連絡通路に放出されると、次の神経の中にはいっていくものと、回収されて前の神経に戻っていってしまうものがあります。
このときサインバルタは回収業者を邪魔して、より多くのセロトニンとノルアドレナリンが次の連絡口(受容体)に入って行けるように作用するのです。
トランスポーターというのが回収業者です。
SSRIはセロトニンだけのトランスポーターを邪魔していたのに対し、SNRIはセロトニンだけでなくノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の回収業者も邪魔するのです。
このようにしてセロトニンとノルアドレナリンの神経伝達を増強させます。
さらにサインバルタ(デュロキセチン)の特徴として、弱くはありますがドーパミンの再取り込みも阻害する作用を持っていますのでドパミン系の神経に関しても増強する力を持っています。
実はこのセロトニン、ノルアドレナリンの再取り込みを阻害する機能は、昔の抗うつ薬である三環系とか四環系抗うつ剤にも備わっているのですが、SNRIはこのうち抗ヒスタミン作用や抗コリン作用のないものをいいます。
- 神経伝達物質であるセロトニンとノルアドレナリンを増やし、セロトニン系およびノルアドレナリン神経伝達を増強します。
- ドーパミン神経伝達についても弱いものの増強する作用を持ちます。
さて一見、単純な機序(回収させないこと)でセロトニンとノルアドレナリンを増やすのですが、本当はそんなに単純ではありません。
実は、増えたセロトニンに反応して、自分でセロトニンを放出するのをコントロールして自分で量を調整してしまうという抗うつ薬にとってはよくない機序があるのです(セロトニンオートレセプタ:セロトニンを放出をコントロールする役割)。
難しく言えば、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込みを邪魔した結果、増えたセロトニンはセロトニン神経のオートレセプタ(5-HT1A自己受容体)に作用し、逆にセロトニンの遊離を抑制します。(セロトニンが増えすぎていることを教える賢い機能です。)
ですから投与初期は一瞬セロトニンが増えても、その後は自分で調節がかかってあまり増えないのです。
ところが長期にサインバルタ(デュロキセチン)が作用することによりこのオートレセプタの脱感作(受容体の機能が落ちること)が起こり、これでセロトニンを放出するのを調整していた部分が働かなくなり、やっとセロトニン神経系の活性化が再び、しかも定常的に起こるのです。
βアドレナリン受容体の関与
実はもうひとつ重要な作用があります。
それはβアドレナリン受容体の脱感作です。
βアドレナリン受容体はノルアドレナリンを取り込む搬入口です。
実はノルアドレナリンの搬入口は大きくαとβと2つの入り口があったのです(厳密にはαやβもさらに細かくわかれますが・・・)
このうちαは強めると、ストレス反応を抑えたり、海馬という記憶に関連する領域での神経の新生を高めるのですが、一方でβアドレナリン受容体は脳の扁桃体の活動を強め不安を増強する方向に動いてしまいます。
サインバルタは服用を続けると、このβアドレナリン受容体に関しては脱感作され機能を弱めることで不安を抑える効果があるというわけです。
- βアドレナリン受容体は不安に関係する
- サインバルタはβアドレナリン受容体を脱感作させ抗不安作用としても働く
効果が出るまでにかかる時間はどのくらい?
効果が出だすのは普通は大体2-4週間くらいかかります。
(セロトニンはサインバルタを内服するとすぐに神経間の接合部で増えますが、上記で説明しましたセロトニンオートレセプタによる作用ですぐにセロトニンにブレーキがかかります。このオートレセプタによる自己ブレーキ機能がオフになるまでに何週間もかかるわけです。)
うつ病に対して1.5-2か月以内に効果がでなければ、薬の量を増やすことを考えなければなりません。症状の再燃・再発を防ぐには、何年も飲み続けなければならないこともあります。一方、神経障害性疼痛に対しては、有効であれば1週間程度で効き始めますがもちろん作用してくるまでに時間がかかる例も存在します。
更年期障害に伴うホットフラッシュに対し、サインバルタ(デュロキセチン)は有効で、これに対しても1週間程度で症状の軽減がみられるようです。
3.サインバルタ(デュロキセチン)の効果
「SNRI」はセロトニンだけでなくノルアドレナリンにも作用するのだから、セロトニンだけに作用する「SSRI」より優れるのではないかという考えは確かにあって議論されているのですが、現在のところその優劣はつけられていません。
ただSSRIよりもSNRIの方がうつ病に対する寛解率は高い可能性があります。
(それを示唆する解析もあります。)
したがってSSRIに反応しなかった患者さんにSNRIが効果的なこともあるのです。
実際には、サインバルタより古いイフェクサーの方がその報告は多く、サインバルタがSSRIより優れる可能性についてはまだよくわからない部分もあるので、SSRIで抵抗するうつに関してはイフェクサーSRへの変更はありなのかもしれません。
治療効果がでてきたら?
治療の目標は症状が寛解することです。
そして、うつの再発を防ぐことも重要です。
寛解というのは、一般の病気で言う完治と同じことですが、うつ病をはじめ精神科・心療内科の病気は再発率が高いためにこの「寛解」という言い回しを使います。(医学用語として、癌や白血病も再発が多いことからこの言い方を使います。)
サインバルタを飲んでほとんどの症状が軽減、消失したとしても、飲むのを止めると症状が再燃・再発しうるので、うつ症状が改善してもまだ治癒したとは言い切れません。
最低でも1年は継続して飲む必要があります。
すべての症状が消失(寛解)する、もしくはかなり楽になるまではかなり長く飲むことも念頭に置いておく必要があります。
2度目以降の再発したうつ病の治療である場合や「不安障害」に対する治療である場合、サインバルタを無期限に続けないとコントロールできない可能性もあり得ます。
一方、糖尿病による末梢神経障害性疼痛や線維筋痛症など「痛み」に対する治療目標は、できる限り症状を軽減させていくことにあります。
完全に症状がなくなることはまれで、これらに関してもうつ病と同じでサインバルタを飲むのをやめると再燃してしまいます。
ですので効果があれば長期の服用を想定する必要があります。
治療効果が出なかったときは?
サインバルタによって改善がみられても部分的で、うつ症状以外や不安症状以外の部分(例えば不眠、疲労感、倦怠感(だるさ)、集中力がでない)は改善があまりないということもあります。
サインバルタを十分な期間(2か月以上)、しかも最大量(1日量で60㎎)まで増量しても効果が全く出ないとなると、治療抵抗性の状態を考えなければなりません。
中には、飲み始めた初期は効いていたんだけど、だんだん効果がなくなって症状が悪くなってきているという例もあります。この場合薬物療法なら他の薬との組み合わせを考慮します。
また、躁うつ病(双極性障害)である可能性も考えなければなりません。(この鑑別のための補助診断に光トポグラフィー検査は有用とされています。)
躁うつ病(双極性障害)といっても必ずしも躁状態(ハイテンションで気分がいい状態)が目立つわけではなく、潜在しているタイプでは色々な状態(ハイテンションまではいかないが調子が普通のとき、イライラしているとき、あきらかなうつ状態のとき)が日によって、ときには1日の中で混合しているような症状のときもあります。
4.サインバルタを補強する薬の組み合わせ
カリフォルニアロケット療法
サインバルタをはじめとする「SNRI」もリフレックスなどの「NaSSA」もセロトニンとノルアドレナリン両方に作用する抗うつ剤です。
この2つを組み合わせれば強力にセロトニンとノルアドレナリンの増強を行えるだろうという考えの治療法をカリフォルニアロケット療法といいます。
SNRIとNaSSA(リフレックス、レメロン)の組み合わせで処方されることが多いです。
ただ基本は1つの抗うつ剤で治療をはじめましょうということになっていますから、最初からカリフォルニアロケットを行うということではありません。
カリフォルニアロケットに関しての有効性は2010年に、SSRIもしくはSNRIとNaSSAの組み合わせでの治療効果が検討された論文が出ております。
これに反対する意見もあるので、併用することによる増強療法は最初の治療で上手くいかなかったときの次の一手として考えます。
参考SNRI + NaSSAの効果を示す文献
SSRIはフルオキセチン(日本では発売されていない薬)を1種類だけ飲んだ場合と、SNRI(この文献ではサインバルタではなくベンラファキシン<商品名ではイフェクサーSR>)とNaSSA、フルオキセチン(日本未発売のSSRI)とNaSSA、ブプロピオン(日本未発売の薬でノルアドレナリン・ドパミン再取り込み阻害薬)とNaSSAの4グループで比較しています。
大うつ病と診断された105名の患者さんで、6週間の経過をみた研究です。
日本で発売していない薬も多いので、要はSSRI単独か、SNRI + NaSSAとどちらが効果が出るかをみたものと認識してください。
このグラフは横軸が時間で、縦軸がうつの状態を表しています。
うつの状態に関しては下に行くほど正常になっていると考えて見てください。
この図のオレンジの線がSNRIとNaSSAの組み合わせです。
緑のSSRI単独で飲むのに比べて、組み合わせて飲んだ人たちではうつが改善しているのがわかります。
もともと1種類の抗うつ剤でうつ病を寛解できるのは約30%に対し、組み合わせることでおよそ60%ちかくの人を寛解に導くことができたのです。気になる副作用ですが、体重増加(太る)という副作用と、眠気が強くでてしまうようでした。
この論文では示されませんでしたが、当然セロトニンはかなり増強されますから、アクチベーションシンドローム(自殺念慮)やセロトニン症候群といった副作用にも注意が必要そうです。
ちなみにこの論文は二重盲検(double-blind)にて行っている研究ですのでエビデンスレベルは高いと言えるでしょう。
参考文献
- Stahl, Stephen M. (2008). Stahl’s Essential Psychopharmacology Online: Print and Online. Cambridge, UK: Cambridge University Press. ISBN 9781107686465.
- Pierre Blier, M.D., Ph.D.et al.Combination of Antidepressant Medications From Treatment Initiation for Major Depressive Disorder: A Double-Blind Randomized Study. Am J of Psyciatry;Volume 167, Issue 3, March 2010, pp. 281-288.
その他の補強療法
病態 | 併用するとよい薬 |
---|---|
不眠 | 睡眠薬、抗うつ剤のトラゾドン(レスリン®、デジレル®) |
不安症状 | 抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)。これでも十分な効果が得られないときガバペン®(ガバペンチン)などの抗てんかん薬を併用することもあります。 |
強迫症状 | アナフラニール®(クロミプラミン)など三環系抗うつ薬を追加する。 |
疲労感、眠気、集中できない | 精神刺激薬(ベタナミン®10㎎錠 -軽症うつ病、抑うつ神経症に適応あり) |
躁うつ病(双極性障害)の潜在・混在 | 気分安定薬(デパケン®、ラミクタール®)や非定型抗精神病薬 |
まとめ「サインバルタの効果と特徴」
サインバルタ(デュロキセチン)は「SNRI」に分類される抗うつ剤で、うつに対する作用以外にも「慢性の痛み」にも有効です。
うつに対して最初に処方される抗うつ剤は主に「SSRI」「SNRI」「NaSSA」の3種類の中から選ばれることが多いです。
この中でSNRIとNaSSAはセロトニンとノルアドレナリンという2系統の神経伝達物質を増強させる特徴があり、まだ一般に認められていませんがセロトニンだけを増強するSSRIより有効ではないかとする考えもあります。
「NaSSA」には眠気や太るという副作用がより出やすい特徴もあるため、この点を考慮するときにはSNRIは使いやすいかもしれません。
また「SNRI」と「NaSSA」を組み合わせれば強力にセロトニンとノルアドレナリンに作用できるという考えから「カリフォルニアロケット療法」と呼ばれるコンボが有効であるとする報告もあります。
現時点では「SSRI」「SNRI」「NaSSA」の3種類の抗うつ剤の優劣はないと考えられていますが、うつの治療がうまくいかない場合においてはこれらの特徴をふまえて戦略がたてられるかもしれません。
最新情報をお届けします
かりふぉるにあロケット療法はどのくらいの期間つずけるのですか?
セロトニン症候群を回避する方法はありますか?
コメントありがとうございます。
Dr.Gです。
カリフォルニアロケット療法、つまりNaSSAとSSRIもしくはSNRIとを併用するやり方をいいますがこの療法は、これくらいの期間続けましょうという概念はありません。
主治医の先生が「カリフォルニアロケット療法をやりましょう!」とおそらく口にすることもないでしょう。
つまり単剤の抗うつ剤で効果がないためにいつの間にか2種類以上の抗うつ薬が処方されて、結果的にカリフォルニアロケット療法になっているのが普通です。
うつ病の初期治療の原則は、単剤の抗うつ剤であって複数の抗うつ剤を併せのむことがすごく有効というわけではありません。
それはおっしゃる通りセロトニン症候群を含めた副作用の割合が上がるからです。
セロトニン症候群をこうやったら回避できるという確実な方法は「薬の量が少ない」ということでしょうが、残念ながらある程度の量をある程度の期間内服しないと抗うつ効果はあらわれません。
慎重に薬を増やしていったり、2種類目の抗うつ剤と合わせて飲むことになったときには飲み始めて副作用があればすぐに主治医と相談することが賢明と言えます。