
妊娠中や授乳中にお薬を飲みたくないと考えるのは当たり前のことですが、抗うつ剤においては特殊です。
なぜならその特性上、簡単にやめるのが難しいですし、ただでさえ妊娠出産は女性にとって身体的にも精神的にも大きな負荷になります。
不安障害やうつ病を抱える方にとって薬をやめることへの恐怖もあると思います。
ここではSSRIに属するデプロメール(フルボキサミン)について妊娠・授乳中の服用、子供の服用について解説します。
目次
デプロメール(フルボキサミン)は妊娠中飲んでもいいの?
妊娠中におけるデプロメール服用の基準をみてみましょう。
- (カテゴリーA)ヒトでの研究で胎児への危険性は示されていない
- (カテゴリーB)ヒトでの研究で危険を示す証拠はない
- 【カテゴリーC】動物実験で有害作用を示したものはあるが、ヒトでの研究はない
- (カテゴリーD)胎児への危険性が高い
カテゴリーCに分類されています。
安全とは言い切れませんが、動物実験では有害作用をもたらしたことを言っています。
添付文書を見てみましょう!
<妊婦、産婦、授乳婦等への投与>
1.妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、投与しないことが望ましい。また、投与中に妊娠が判明した場合は投与を中止することが望ましい。
[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。引用元:デプロメール錠添付文書
デプロメール錠の添付文書は上記のようになっており、難しく書かれていますが、要は妊娠中の服用は望ましくはないとしています。
ただこれは予想通りの添付文書の記載であってこれではどう解釈していいか困ってしまいますね。
そもそも、飲まなくてよければ飲まないにこしたことはないことはわかっていることですので、飲むとしたらどんなリスクがあるのかが重要です。
そして、デプロメールを妊娠中に服用することで特有の副作用や悪影響があるわけではなくその他のSSRIと同じですので、妊娠中はあえてデプロメールから他の抗うつ剤に変えれば良いということでもありません。
デプロメール(フルボキサミン)をはじめ一般に薬物は、特に妊娠初期(12週頃まで)は赤ちゃんの重要な臓器や形ができてくるころなので注意が必要です。
とは言いつつも、精神科に限らずすべての診療科で飲まなくてはいけない薬を中止するわけではありません。
もちろん明らかに胎児への影響(奇形や毒性)が強いものは別ですが、最小限の薬の種類と量にとどめる程度です。
大事なことは以下のことです!!
妊娠中に抗うつ剤を「飲むこと」と「飲まないでいること」のどちらが母親・子供にメリットがあるか?
すなわち「うつ症状が強いのに、うつ病を放置して妊娠出産したときの子供への影響」と「デプロメール(フルボキサミン)を飲むことでうつ病を治療しつつ妊娠出産したとき」と、どちらがメリットがあるのかですが、一般的にはまだわかっていません。
その症例ごとに主治医が判断しましょうというのが見解です。
ではその判断をどうしていけばいいのか、飲む側としてもそのことを知っておくほうが安心かと思います。
このことを知って主治医と相談した方が理解も深まります。
その前に大前提として1つ知っておいてください。
基本的に抗うつ薬の胎児に対する危険性はしっかりとは示されていない
(もしかしたらほとんど影響ない可能性すらありうる)
※妊娠中の母体や胎児への影響をみる研究は倫理的な問題で普通はできません。
わざわざ薬を飲ませて胎児に問題が起こるかなんて人体実験もいいところでしょう・・・。
ですから、抗うつ薬を飲んでいてたまたま出産時に問題があったものを薬のせいにしているだけのことだってありうるのです。
ただ、1998年からの10年間の妊婦さんで抗うつ薬(SSRIだけでなくSNRIや三環系を含めて)を飲んでいた人たちを解析した海外のデータでは、筋骨格や臓器の何らかの奇形を発生する率は飲んでいない場合に比べて何倍かリスクが高くなるという報告がされています。
デプロメール内服による母体への影響
妊娠後期に、妊娠高血圧症候群のリスクが増大する可能性があります。
出産時には、母体からの出血が多い傾向が出ます(デプロメールの副作用として出血しやすくなります)。
ですから出産時出血が多くなる可能性について産科の先生に相談しておきましょう(意外と他の科の薬のマイナーな副作用についてはノーマークのこともありますので念のため)。
デプロメールの胎児・新生児への影響
妊娠初期のデプロメール(フルボキサミン)の胎児への影響として、心臓の奇形(心室中隔欠損症、ただし一般にも比較的頻度の高い病気)の率が多少ではあるが上がるとされています(ほとんど無視できるかもしれません・・・)。
また産まれた直後、一過性ではありますが赤ちゃんに鎮静がかかって元気がない、逆に過敏性が増していて泣き止まないなどの症状がでることがあります。
呼吸を補助したり、うまく母乳が飲めなかったりと管から栄養をしなければいけない状況になるときがあるなどで、まれに新生児の退院までが長引く場合があります。
報告があるのは、抗うつ剤の中毒作用と、産まれてから急激に抗うつ剤の成分が母親からこなくなってしまったことによる離脱症状の両方で、呼吸困難、チアノーゼ、てんかん発作、嘔吐、低血糖、力が弱い、落ち着かない感じ、泣きやむことがないなどの症状がでます。
結論「妊娠中のデプロメールは結局どうする?」
もちろんできるだけ飲まないに越したことはないです。
ただ実際はそれでも飲んでいないと精神状態が安定しないこともあります。
最初に言ったようにもう一度以下のことを思い出してください。
妊娠中に抗うつ剤を「飲むこと」と「飲まないでいること」のどちらが母親・子供にメリットがあるか?
つまり最後に抗うつ剤を妊娠中も飲むことのメリットについて知っていただこうと思います。
抗うつ剤、すなわちデプロメールを飲んでいる状況というのは、うつや不安障害の再発や増悪を予防する目的だと思います。
もし妊娠中にうつ病が増悪すると生活の質が下がるだけでなく、早産・発育不全・低出生体重といった子供へのリスクを高めます。
さらに、妊娠が判明したあとも抗うつ剤を続けていた場合のうつの再発・再燃は26%であった一方、妊娠前に抗うつ薬を中止した場合には68%にも上昇したという報告もあります。
つまり妊娠中も抗うつ薬を継続しておくことはうつの再発を防ぎ、そのことは胎児の発育にとっても良い可能性が高いのです。
母体の影響としては妊娠高血圧、出血のリスクがありますがこれはしっかりリスクコントロールできるものでもありますし、胎児に対する抗うつ剤の影響はそこまでないとする否定的な意見も多いのです。
ただし、デプロメールは最初にも示した通り世界的な基準では「カテゴリーC:動物実験で有害作用を示すものもあるがヒトでの研究はない」に属するお薬です。
2017年の最近の文献では各抗うつ薬の奇形に関するリスクが報告されました。(抗うつ剤を飲んでいない状態を「1.00」としたときの危険度を示します。)
全体 | 神経 | 耳・目・顔 | 呼吸器 | 消化管 | 泌尿器 | 筋骨格 | 心臓 | 心房心室 中隔欠損 |
頭蓋骨早期癒合 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
抗うつ薬なし | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 |
<SSRI> | ||||||||||
パキシル (パロキセチン) |
1.24 | 1.34 | 0.75 | 0.95 | 0.96 | 0.47 | 1.01 | 1.45 | 1.39 | 1.53 |
ジェイゾロフト (セルトラリン) |
1.09 | 1.72 | 0.44 | 1.13 | 0.86 | 1.03 | 1.14 | 1.33 | 2.29 | |
シタロプラム (日本未発売、レクサプロに近い?) |
1.36 | 1.28 | 1.13 | 1.13 | 0.18 | 1.92 | 1.15 | 1.39 | 3.95 | |
ルボックス/デプロメール (フルボキサミン) |
0.63 | 2.44 | 0.56 | 0.87 | 2.44 | 2.10 | ||||
<SNRI> | ||||||||||
イフェクサー | 1.10 | 1.19 | 0.70 | 2.17 | 0.89 | 1.43 | 1.30 | 0.80 | 0.73 | 1.41 |
<三環系> | 1.16 | 0.60 | 2.45 | 0.90 | 2.55 | 0.80 | 0.84 | 1.05 | 1.10 | 1.05 |
【参考文献】Bérard A, et al. Antidepressant use during pregnancy and the risk of major congenital malformations in a cohort of depressed pregnant women: an updated analysis of the Quebec Pregnancy Cohort. BMJ Open. 2017 Jan 12;7(1):e013372. |
結論として、デプロメールは妊娠前に無理してまで止めることを考えるよりも、妊娠前もしくは妊娠が発覚した時点で最大限減薬をしていくことを第一にするのが現実的ではないかと考えます。
主治医の意見もあると思いますし、それでも薬がない状態で妊娠出産したいという希望が強い方もいると思うので以上のメリットデメリットを考慮していずれの選択をしても間違いではないと思います。
授乳中にデプロメール錠は飲んでいいの?
<妊婦、産婦、授乳婦等への投与>
2.授乳婦への投与は避けることが望ましいが、やむを得ず投与する場合は、授乳を避けさせること。[ヒト母乳中へ移行することが報告されている。]引用元:デプロメール錠添付文書
もちろん母乳中にデプロメール(フルボキサミン)の成分や代謝されたものは移行してしまいます。
ですから添付文書も当然避けるように書かれています。
授乳中にデプロメールを母親が内服することで、まれに子供の落ち着かない様子が目立ったり、鎮静がかかって大人しくずっと寝ていて泣くことも極端に少なくなる様子が見られるときがあります。
このときは薬を中止すべきか相談したほうがいいでしょう。
出産直後はもともとうつ病になりやすい時期です。
もともとうつ病で治療歴があったり、母親の産後うつ病の可能性が高い時は授乳中でもデプロメールを始める(もしくは再開する)ことを考えなければなりません。
それでもデプロメールを飲んだからと言って、絶対に母乳栄養をやめるというのは賢明ではありません。
母乳の研究が進んだことで母乳栄養が粉ミルクに比べて優れている点がたくさん分かってきました。
感染症の予防、免疫や神経発達を促す優れた効果、また母児間の愛着形成を促す効果、その他多くの優れた点が科学的に証明されてきたのです。
赤ちゃんや母親にとって母乳をあげるというスキンシップはオキシトシンというホルモンを放出させ、これが母親にとっては幸せホルモンでもあるのです。
ひとたび母乳をやめてしまうと、ホルモンの変化などにより母乳を再開することは困難になります。
ここまでみるとあくまで個人的な印象ですが、デプロメールを内服していても原則は授乳をしていることの方が利点は多いのではないでしょうか。
それぞれのケースによるところもありますので、主治医の先生とよく相談して心配のないようにしましょう。
ちなみにアメリカ国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)ではデプロメール(フルボキサミン)を授乳中に母親が内服していたとしても、子供の血清からはほとんどデプロメールの成分は検出されなかったことも記述されています。
アメリカではデプロメール(フルボキサミン)の投与量も日本の倍の300㎎ですから、体格を考えたとしても基本的には問題はなさそうですが・・・。
デプロメールの子供の服用について
まず添付文書を示します。
<小児等への投与>
- 低出生体重児、新生児、乳児、幼児又は小児に対する安全性は確立していない。(低出生体重児、新生児、乳児、幼児については使用経験がなく、小児については使用経験が少ない。)
- 本剤の小児に対する有効性及び安全性を検証するための試験は行われていない。
- 類薬において、海外で実施された18歳以下の大うつ病性障害(DSM-IVにおける分類)患者を対象としたプラセボ対照の臨床試験において有効性が確認できなかったとの報告がある。
- 海外では強迫性障害の小児にSSRIを投与し、食欲低下と体重減少・増加が発現したとの報告があるので、小児に長期間本剤を服用させる場合には、身長、体重の観察を行うこと。
引用元:デプロメール錠添付文書
要は、「デプロメールが小児に効果あるかはわからない」「小児のデプロメール内服の安全性は不明です」「食欲低下と体重減少・増加があらわれたので体重をよくみておきなさい」これらのことを記述しています。
SSRI全般に言えますが、基本的には12歳以上であっても子供や未成年者(厳密には25歳未満)にはあまり出したくない種類のお薬です。
効果の側面もそうですが、アクチベーションシンドロームのリスクが高いことが最大の理由です。
アクチベーションシンドロームというのは、デプロメールを飲むことによってイライラ、不安、焦燥、パニック発作、攻撃性、衝動性、不眠、躁状態などが出てきて最悪の場合、自殺を遂行してしまうことをいいます。
ですから、デプロメール(フルボキサミン)の成分が子供の成長にどうこうという問題よりは、効果の出ない可能性とそればかりかアクチベーションシンドロームを起こすかもしれないというリスクが目立ってしまうのです。
デプロメールを長期に子供が飲んだ場合、成長にどのような影響が出るかは調べられてはいません。
日本のガイドラインでの小児への抗うつ剤の扱い
また、現時点では、日本において児童思春期のうつ病で安全性・有効性について臨床試験にて示されている抗うつ薬は存在しない。したがって、抗うつ薬を使用する際には、本人、家族に対し安全性・有効性が臨床試験で検証されていないことを説明し、リスクとベネフィットを十分に検討した上で、インフォームド・コンセントを得ることが必要である。薬物治療が選択された場合には、処方量は成人より少量から開始し、年齢に合わせて増量を行う必要がある。(中略)
しかし、知見は成人に比べて十分ではなく、抗うつ薬や精神療法に対する有効性についても一貫していない。(中略)
現時点ではすべてのうつ病の治療薬が児童思春期において安全性・有効性について臨床試験で検証されていないことを説明する必要がある。引用元: 日本うつ病学会ガイドラインⅡ.うつ病(DSM-5)大うつ病性障害2016
以上のように、「子供がデプロメールを飲んでいいか?」という質問に対して、日本のうつ病学会ガイドラインでもまだ答えが出ていないというのが実情であると考えます。
個々の症例によって効果があったりなかったり、リスクが前面にでてしまったりかなりばらつきがあるというわけです。
海外では小児・青年期(8-17歳)の強迫性障害に対してデプロメールは承認されていますし、不安障害でもその有効性を示す報告もあります。
飲む飲まないは各家族ごとの判断や、病気も不安障害・強迫性障害がメインであれば飲むほうがいいかもしれないなどケースバイケースです。
答えがでていないのが現状です。
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