いじめ

学校問題の一つに「いじめ」の問題があります。

学校から離れたところにいると、日常の中でいじめのことを考えることはあまりないのですが、いじめによる自殺のニュースを耳にすると、本当に心が痛み、しばらくの間は自殺に至った子どもの気持ちを考えてしまいます。
いきなりですが、「いじめはなくせるか」という大きなテーマを掲げてみました。

「いじめ」とは、<いじめ-いじめられ>の人間関係のことですから、私たちの働く医療機関では、いじめそのものを治療の対象にすることはありません。

いじめの問題に触れることがあるとすれば、いじめを受けている子どもの精神状態が深刻化して受診した場合や、いじめられたトラウマから、後に治療を要するような状態になって受診した場合などに初めてその存在について知ることになります。

このように、医療の領域にいる者にとって、いじめはやや距離があるのですが、当事者から聞く生々しいいじめの実態は、にわかにそれが本当にあったこととは思えないほどの陰惨なケースもあり、学校という逃場のない環境の中にあっては、それこそ命に係わる問題にもなり得だろうということは想像に難くありません。
そして、「どうしたらいじめをなくことが出来るのか」を考えずにはいられない気持ちになります。

「いじめ」に対する学校の対策

学校で取られているいじめ対策と言えば、例えば相談室を設けて、利害関係のない第三者(スクールカウンセラー)が、「一人で苦しまずに相談しましょう」のように来談を促し、いじめで苦しんでいる子どもの心理的ケアや救済と同時に、いじめを潜在化させないようにする対策が一般的のようです。

「いつも誰かがあなたのことを気にかけていますよ」というメッセージが、孤立に対するセーフティーネットになるということもあるでしょう。

次に、いよいよ学校内でいじめの存在が明らかになった場合には、いじめを巡る全体の認知状況を調査して、いじめの事実を同定する作業を始めます。
その結果、いじめている子どもに対して、「もうこのようなことをやってはいけませんよ」という注意や指導がなされ、「もうやりません」という意思や反省の気持ちが確認されたところで問題は収束です。

いじめられている子どもへの対応やいじめが発覚した時点での対応策は構築されているようですが、さて、これで本当にいじめはなくなるのでしょうか?
この対策は、いじめは起こらないということを前提としての発想になっていないでしょうか?

平たい言い方をすれば、学校は、みんなを『良い子』になるように教育しているので、『悪』を否認し抑圧する集団です。
そもそもいじめという『悪』の存在は認めていないのです。
だからこそみんな安心して身構えることなく学校に行けるとも言えます。

しかし、ここであらためて、「いじめはなぜ起こるのか?」について考えた時、ものすごく端的に言えば、その答えは「いじめるから」です。
いじめる人がいなければいじめは始まりません。
場合によっては、いじめられていると過度に反応するのがいけないという人もいるかもしれませんが、相手がいじめだと感じれば、それはいじめです。
過敏さや被害感情の強さは人それぞれで、それを理由にいじめの存在を否定することはできません。反応しやすい繊細な人に対する接し方として間違っているのです。

いじめはいじめる人がいなければ起きないとすれば、いじめ対策はいじめる側に向けてすべきです。

いじめ対策はいじめる側の『いじめたい感情』に向けて

まずは、いじめたくなる気持ちを肯定するところからです。

「それは誰もが抱く可能性のある感情だから、安心してその気持ちを話してください」というメッセージを、『いじめ感情』を持ってしまった人に向けて発信します。

ここでのポイントは、『悪』である『いじめ感情』の肯定です。
あくまでも『感情の肯定』であって、『いじめの肯定』ではありません。
『いじめ感情』を肯定することは、『いじめ行動』を防ぐ第一歩です。

行動は無意識です。
『行動』が起こらないようにするためには、まずは『行動』の原動力である『感情』の存在を認めることが必要です。

しかし、実はそれも表面に現れている問題に対する応急処置にすぎません。
それ以上に大事なことは、「なぜ『いじめ感情』が生まれたのか?」「『いじめ感情』に置き換えざるを得ないほどの苦しみ正体は何か?」を明らかにすることです。

良く考えてみてください!そもそも誰かをいじめることでのメリットなんてないですからね。

「感情」と「意識」のねじれが引き起こす問題

人間は、自分で抱えきれないほど大きなストレスは、『なかったこと』もしくは『見なかった』ものにしようとします。
感情に蓋をして、出てこないように抑えつけて(否認とか抑圧と呼んでいます)しまいます。

それを脳内イメージに置き換えると、感情を担う右大脳の機能と意識を担う左大脳との連絡を断ち切るということになります。
つまり、感情と意識のつながりを断ち切って、辛い気持ちを感じないようにすることで自分を守るのです。
そうすることで意識的には楽になりますが、そんなことをしたとしても、負のエネルギーは勝手に問題行動を引き起こすのです。

その結果が「いじめ」です。

意識として忘れ去ったとしても、身体(無意識)はその存在を知っているのです。意識で蓋をしたところで、消えてなくなったりはしないのです。
『いじめ感情』を突き動かす得体のしれないエネルギーを突き止めようとしても、一旦停止した感情機能が動きだし、断ち切られた脳内の回路がつながらないことには、それは容易なことではありません。
一般的な手法としては、心理カウンセリングを導入し、意識に働きかけることが考えられるでしょう。

もちろん言葉による働きかけはとても大事なことですが、動かない頭でいくらその作業をしても、辛いだけで、うまくいかない場合が多々あります。
それよりも最初にしなければならない大事なことは、まず脳の機能を回復させることです。

心理カウンセリングは、それがなされた後に導入するのが最も効果的です。

今のところ、「いじめ問題」は教育の問題として位置づけられていますが、実は、脳機能の低下に起因する医学的な問題として、治療の対象と考えても良いのかもしれません。

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