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【適応障害】不適応という名の適応?

このコンテンツは医学論文データベース「PubMedパブメド」とわたくし医師個人の経験をもとに、正しい情報をわかりやすく解説することをモットーにしています。
【適応障害】不適応という名の適応?

適応障害について考える

クリニックを受診される方のほとんどは、症状もしくは病気の状態によって、例えば「学校や会社に行けない」「家庭生活が維持できなくなった」などのように、それぞれの生活環境に適応できないという現実的な問題を抱えています。

「適応」とは環境に合わせた行動や考え方ができることというのが一般的な定義です。
適応が何らかの理由で滞った状態は不適応状態と見なされます。
ちなみに、このような状態でメンタルクリニックなどを受診すると、大抵は「適応障害」と診断されます。

しかし、例えば身を置く環境が「いじめのある学校」、「過重労働やパワハラのある会社」、「夫からの家庭内暴力(DV)」があったり、「極端に性格の不一致のある配偶者がいる家庭」のようなものだとしたら、それでもつつがなく日常生活を送ることは「適応」でしょうか?
逆にそれが立ち行かなくなったら「不適応」として異常事態とするのでしょうか?そうだとしたら、それはあくまでも環境側の視点に立った発想ではないでしょうか?

「不適応」はその環境への「適応」の1つである

自分にとっての環境に危険が存在するならば、遠ざかって自分の身を守ろうとするのは当然の反応のはずです。
現実的には、それを簡単に放棄してしまうことができなくて、苦しみ・悩みながら続けていく場合がほとんどです。
責任感や使命感、役割意識が強い人ほど投げ出さずに頑張り続けます。
その結果、症状が現れたり、生活が続けられなくなったりする状態に陥ってしまいます。これは本当に「不適応」でしょうか?

本人を主体で考えた場合には、病気の状態こそが一生懸命に頑張って適応している姿です。
いわば「負の適応」です。
そのような形でしか、過酷な環境に「適応」して合わせることができなかったのです。
生存するために劣悪な環境に合わせて、生理的にも生物的(脳の機能的)にも形態を変えのだと考えてみると、本人主体で捉える限りにおいては、どのような様態であっても、環境に対しては「適応」なのです。

それなのに、環境側を主体とした途端にそれは「不適応」として治療の対象となってしまいます。
つまり、本人か環境か、どちらを主体にするのかで「適応」か「不適応」かは簡単に逆転してしまうものなのではないでしょうか。

だからといって「負の適応」のままで良いということにはなりません。
それは、その人の望む生き方ではないからです。
「適応」をめぐって大事なことは、適応か不適応かという表現の仕方にあるのではなく、それを考えることで、個人もそれを取り巻く人たちも、「症状や病気を介在させなければ適応(負の適応)できなかったのだ」と発想できるようになることです。そこで初めて、個人と環境の間にある問題に気づき、解決に向けて動き出せるのです。

身体症状ではなくネガティブな感情を認知すること

「不適応」とか「適応障害」という状態においては、症状や病気はその背後にある問題に目を向けよ!というアラーム(警告・シグナル)です。
それだけを一時的に止めて(症状だけを治療して)も、セットされたアラームは再び鳴り始め症状はまた再燃します。

アラームが聞こえている人たちは、その意味をしっかり理解して、なぜ鳴っているのについて考え、アラームの解除に取り組まない限り、アラームは鳴り続けてしまうのです。

問題が解決する過程では、環境はさらに成熟しそれまで以上に良い人間関係を構築できるものです。
せっかくのアラームは大事にして、ゆっくり取り組んでいきましょう。

 

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